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【巻き寿司の歴史】海苔巻きのルーツとは!?

連載企画 第5回 『日本人の知らない巻き寿司の歴史』 

(第1回) (第2回) (第3回) (第4回) ※以前の記事はこちらより

●海苔巻きの始まり ルーツにせまる!

巻寿司は、1750年〜1776年の間に生まれ、1783年に一般化したと言われています。

1600年代の終わり頃、酒 酢を使う寿司が普及し、

1800年代はじめに、酢を使う早ずしが主流になります。

寿司が保存食から大きく変化する時期に巻き寿司が誕生しました。

巻き寿司のルーツは、当時の発酵寿司の棒寿司だと言われています。

棒寿司は、ご飯の外に魚を巻く寿司、さらにまきすを使います。

江戸は、武士よりも町人の時代と言われ、庶民文化が花開いた時代。

好景気で、食環境も好転し、料理屋も増える。

食べ物も幅広い食べ物が流行し、粋な遊び心から生まれた食べ物が生まれました。

巻き寿司も、そのひとつだったのではないかと想像できます。

職人によって、作り方を逆転して、作ってみたら、

大変ユニークな寿司が出来た!?のではないでしょうか。

 【棒寿司】


●細巻き 太巻き お好みはどっち?

関西では、具材が一種類では寂しいので、豪華な太巻きが好まれ、

江戸では、具材はすっきりと粋に、細巻が好まれたようです。

したがって、江戸前の握り寿司には細巻が、

大阪寿司には中巻きや太巻きが添えられるようになったのです。


江戸時代のそんな巻き寿司の食べられ方は、家でつくるものではなく、

外売りで売られる寿司であり、外で食べるものであったようです。


【外売りの寿司】



【寿司はいつの時代も大人気】



●お寿司が家庭で作られるようになる時代

江戸時代末期から、寿司屋は高級店と廉価な屋台とに分化し発展していきますが、

明治に入っても外売りが主であり、家庭ではお寿司が作られることがありませんでした。

家庭で寿司を作るのが始まるのは、大正あたりと言われており、

主婦が金銭的にも時間的にも余裕が出て来る時代からのようです。

1910年(明治43年)江戸時代の握り寿司を考案した華屋与兵衛創業「与兵衛すし」四代目当主の弟、

小泉清三郎氏の著書 「家庭鮓のつけかた」には、海苔巻 細巻が紹介されています。

魚の目利きや鮮度管理などが必要ない、

稲荷寿司や巻き寿司 五目寿司などが家庭で作られていたようです。

千葉県山武地方の家庭料理 太巻き祭りずしは、

細工寿司の図柄が複雑になった寿司が巻かれるようになったのが、昭和初期頃と言われています。

関西、関東 各地方で地域の特色あるお寿司が婚礼やお祭り事、

ハレの行事で家庭や地域で親しまれていました。

その後、戦争や生活スタイルの変化で、寿司をつくる機会が減り、

家庭から寿司がなくなる危機が何度かおとずれます。

各地で伝えられて来た郷土寿司は、一時は廃退しつつありましたが、

村おこしや地域のコミュニティーによって、復活しているところも出て来ています。

東京すしアカデミーでは、寿司インストラクター協会を発足し、

これまでの寿司の発展と衰退の背景をみながら、郷土寿司 伝統技術の継承を担って活動をしています。

参考 あじかん 巻き寿司のはなしより


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