人生100年時代に定年後も働き続けられる手に職つけたい

50代からでも、飲食経験ゼロでも、寿司職人になれる!定年退職後は自分らしく人生を楽しみたい。

先生、お久しぶりです。入店2日目に握った寿司で及第点をいただきました。片岡さん(52)

写真は片岡さんが入社二日目に握ったお寿司。めちゃくちゃ美味しそうです。卒業生からこういったご連絡をいただけるのが本当に嬉しく思います。最短2ヶ月で即戦力の寿司職人にはなれます。年齢も関係ありません。就職面接の指導などもいたしております。お気軽にご相談ください。

卒業生の武腰さんがBSテレ東で紹介されました「還暦過ぎた元公務員が寿司職人に」

還暦を過ぎてから当校で学んだ武腰さんは地元、石川県で正統派の江戸前鮨の店を63歳にして開業。元公務員。49歳の時、職場に変化がありストレスフルな日々が続いた。このままでは神経が持たない…と、53歳で早期退職を選択。お客さんとの会話が活力。「ストレスゼロの理想の仕事だ」と話します。

75歳でも現役職人!60歳で始めた修行から都内で寿司屋を営む:河野 透さん

今年で75歳になります。基本は年金生活ですが自分の小遣い程度は稼せがせて頂いております。体が動くうちは働きたいですね。と語るのは都内で出張と貸切の隠れ家寿司屋「鮨かわの」を営む河野さん。仕入れから出張まで1人でやっており、自宅に専用の台所を作って営業しています。

電気関連の営業一筋35年の山下さんの第2の人生は寿司職 生涯現役!手に職つけたい

江戸前寿司集中特訓コース9期生として卒業された山下さんは、電気関連の営業マン一筋35年。私生活では利酒師の資格を持ち、蕎麦打ちも嗜む趣味人。そんな山下さんが選択した第二の人生は寿司職人。生涯現役。手に職つけたい。

タイ在住30年の通訳・観光のプロが江戸前寿司を学ぶ理由

江戸前寿司集中特訓コース卒業生の米田 厚子さんは、タイ在住で30年以上、通訳・観光関連のプロとして活躍されている。そんな米田さんが、自分自身の付加価値を高める一環として選択したのが江戸前寿司だった。

第2の人生は寿司を握れるフランス語の先生 定年後の人生を楽しみたい

今から店を持って頑張ろうとか、休みも惜しんで働きたいという気持ちはありません。と、話すのは週末コース卒業生の池ヶ谷さん(64)高校の教諭を務め上げ、定年後、地元の外国語学校でフランス語を教える傍らで、日本を紹介できる知識・技術の習得を目指し当校を受講しました。

女性イタリアンシェフ寿司を武器に世界へ挑戦!日本人なら寿司できるよね?

集中特訓コース138期卒業の鈴木さん。東京ドームホテルのイタリアンで3年修行した後にワーキングホリデーで訪れたオーストラリアのフレンチ店で経験を積む。日本人なら寿司できるよねと期待された状況を受けてアカデミーを受講。創作寿司で勝負したいと語る。

公務員を早期退職して経験ゼロから寿司店開業!人生100年時代のライフシフト

江戸前寿司ディプロマコース卒業の武腰さんは九谷焼にも精通した趣味人。卒業後は地元の寿司屋での修行を経て、念願の寿司店を開業。公務員を早期退職して経験ゼロからの挑戦。「60年生きてきて、いろんな人に巡り合い、助けられた。その人たちに感謝したい」と語る。

高校教師62歳の挑戦。第2の人生は出張すし職人

愛知県内の高校で国語教諭として40年間勤め上げた本郷康士さん(62)料理が好き。退職したら自分の好きな仕事で暮らせたら幸せだろうなと考えていた。「出張すし職人」として地元の魚を美味しく食べてもらいたい。店を構えるのに大金は使えないのでネタケース一つあればできることをしたい。

高校教師、寿司職人になる。62歳からの挑戦

今回インタビューにご協力いただいたのは本郷康士さん(62)。 37年間、国語教師として愛知県の高校に勤め、去年定年退職をした。 料理が趣味で、特に魚料理が大好きだという本郷さんが寿司を握ってみたいと思ったのはここ最近だ。 自分が好きな魚の価値を一番上げることができる食べ方は寿司なんじゃないか、そう思い 思い切っ

愛情たっぷり込めた和食を被災地に届けたい

今回インタビューにご協力いただいたのは稲葉江里さん。 寿司・和食コース(3か月)の卒業生です。 これまでは陶芸一筋だったということで寿司・和食は全くの未経験だった稲葉さん。 そんな稲葉さんが寿司だけでなく和食も学ぼうと思った理由は何だったのでしょうか。 震災後、被災地のい

SEを早期退職。居酒屋をやりますと公言したら助けてくれる仲間に出会えた

IT業界でSEとして活躍。早期退職制度を利用して34年の会社員人生を終えた関口仁さん(53)会社で開催された50代社員向けのセミナー。定年後の自分は何をしているのかを発表しあう機会がありました。ぼやっとした答えが多い中、私だけは「居酒屋をやります」と公言したんです。それで決意は固まりました。