卒業生 Aeron Chooさん インタビュー

photo by DanielFoodDairy.com

プロフィール

職種:寿司職人・寿司店オーナー

勤務地:シンガポール

経歴:23歳、シンガポール人。19歳の時、シンガポールの寿司店に勤務。その後寿司を本格的に学ぶため、2013年、東京すしアカデミー・シンガポール校の2週間短期コースで寿司文化に触れる。その後すぐ、技術向上のために東京すしアカデミー本校にて2ヶ月コース(現在のAuthentic Sushi and Washoku Course・東京すしアカデミー・築地校)を受講。多くの講師から寿司や和食文化について学ぶ。

東京すしアカデミー卒業後は資金集めのために小さなテナントスペースで丼専門店を開店。開業準備が整った後は、現在オーナー兼シェフを務める”Kappou Japanese Sushi Tapas Bar”を開店。寿司店の経営の他に、ボランティアで子供達に寿司を教える活動もしている。
将来の夢はシンガポール国外にも寿司文化を広めることと、日本に住むこと。


東京すしアカデミーを知ったきっかけは?

東京すしアカデミー・シンガポール校の短期コースで集中的に学び、基本を身につけて自信をつけた後、日本に渡り新宿校へ。プロになるための基盤をしっかりと築いて、寿司職人としての技術を習得し、ゆくゆくは自分のお店を持とうと決めました。

当時シンガポールには、寿司だけに限らず、和食全般を基礎から体型的に学べる学校というのはなかなかありませんでしたが、2014年に受講したシンガポール校での授業では、寿司に関する色々なアイデアを得ることが出来ました。

私は入学時、既に和食レストランでの調理経験がありましたが、桂剥きや笹切りなどの技術など、新しく習得することは多かったですね。

例えば、シンガポール校にも、様々な模様を巻き寿司で表現する「飾り巻き」の講座がありますが、彩り鮮やかで目を引く飾り巻きの技術は、今でも役に立っています。シンガポールで経営しているお店で、お誕生日を祝うお客様などにお出しすると、大変喜ばれます。

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日本での学び、師匠とのつながり

シンガポール校卒業後、日本に来ました。東京すしアカデミー新宿校で得られたものは、非常に大きかったです。

寿司の本場である日本で文化を肌で感じながら学ぶことができる環境は、シンガポール人の私にとって、とても魅力的でした。母国では目にすることの出来ない魚も、日本では「旬」の新鮮な食材として手に入ります。日本の四季や自然を感じながら寿司を握ることができる喜びもありました。授業の中で、握りの技術、特殊な魚のおろし方、シンガポールでは扱ったことのない食材の仕込み方、新鮮な魚の見分け方、刺身の美しい盛り付け方、和の色彩感覚、箸の所作、衛生・品質管理に至るまでを学ぶことができ、本当に有意義な時間でした。日本人は所作の中に見出すバランスを大切にするのだなぁと感じることが多かったです。寿司は、単なる魚とシャリの組み合わせではありません。寿司の旨味を引き立てる様々な食材や調味料、美味しい酒などとの調和によって生まれるものなのです。また、技術を習得する時に「なぜこれが必要なのか?」と理屈で考えることも時には必要だと思います。

東京すしアカデミーでは、単なる技術だけでなく、その背景にある文化、料理人としての精神を学ぶことが出来ました。また、新宿校で受講したおかげで、先生方、クラスの仲間をはじめとして、寿司に関わる人たちとの人脈も広がりました。シンガポールでは決して出会えなかった人たちとのコミュニティは貴重な存在です。日本では、自分の師匠と言える寿司職人との出会いもありました。シンガポールにその師匠が来てくださったこともあり、こういった人とのつながりを大事にしています。

日本に滞在する時には、多くのことを吸収したいと、日本酒のイベントに参加したり、漁師さんと交流したり、各地を飛び回っているんですよ。

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SUSHI IS MY LIFE!

「寿司は私の生きがい」と言えるほど、寿司には強い思い入れがあるんです。「生まれて初めてカウンターでお寿司をいただいた時に抱いた感動」。それがこのような思いに至るようになった最初のきっかけでした。私は寿司の世界に飛ぶ込むために、他の全てを投げ打ったと言っても良いでしょう。

「”シンプルの極み”である。でも同時に、一人の人を変えるくらいの力を持っている。そして”一生かけて職人としての技を極めたい”と思える奥深さを持っている。」私は寿司のことをそう思います。技の極地に至るのは、もちろん並大抵なことではありません。

魚の目利きから、わさびなどアクセントになる味との調和のはかり方、本当に美味しいシャリの作り方、出汁の取り方、盛り付け、器の選び方、日本酒や日本茶についての知識…探求すべきことが山ほどあるんです。2015年、自身がオーナーとなる丼専門店を小さなテナントスペースで開きました。この店は、将来必ず持ちたいと思っていた寿司店の開店資金に充てるという、はっきりした目的があって始めたものでした。

シンガポールは物価が高いので、資金的な足固はしっかりしてから、時間は掛かっても着実に進んでいこうという考えがありました。現在、念願叶ってオーナー兼シェフとして経営している寿司店 ”Kappou Japanese Sushi Tapas Bar”では、シェフは私一人、という状態で切り盛りしています。将来、もしシェフの人員を増やすことがあれば、寿司に対する真心を持った、日本人シェフと一緒に働ければと思っています。

開業までの道のり 

パートナーと組んで立ち上げたお店ではないので、何でも一人で解決しなければいけないというプレッシャーがありました。事務処理、店舗改装、店のデザインに至るまで、どんな分野のことも一挙に引き受けることになったんです。寝る間も惜しんで乗り切りました。

開店してからも、もうこうなったらやるしかないと割り切って、寿司カウンターでの応対、調理はもちろんのこと、レジ、洗い物にと奔走しました。特に開店から2ヶ月間は、本当に私一人で、他にスタッフはゼロ。”Just do it!”の精神です。

オープンしてすぐに来店してくれたお客様の中には、先ほどお話した丼専門店に来てくれていた方々が多くいらっしゃって、うれしかったです。以前に比べたら今回のお店の価格設定は大幅に上がったにもかかわらず、私の料理人としての腕を信じてわざわざ新しいお店に足を運んでくれたのですから。今では日本人のお客様も増えていて、やりがいを感じます。

いわゆるマーケティング戦略は立てずに突っ走った私ですが、その私を信頼してくれる人たちがいた…たくさんの友達が知り合いに私のお店のことを紹介してくれたおかげで、お店が軌道に乗ったのです。だから、私は全てのお客様を、まるで自分の友人のようにお迎えします。

人間同士の信頼関係やつながりには、どんな経営戦略より大切な何かが確実に存在するのではないかと、私は信じています。

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日本式「おまかせ」スタイルへのこだわり

シンガポールでは「おまかせ」を前面に出しているお店はあまりありません。にもかかわらず、私がそれにこだわるのは、日本から空輸した新鮮な魚を食べていただきたいからなのです。日本の目利きの良い業者さんに依頼して、日本の魚市場で競りにかけられている新鮮な魚を、長崎の対馬から仕入れています。値は張りますが、とても質の良い魚が手に入り、満足しています。野菜にもこだわって、こちらも日本、主に九州から取り寄せています。

食材をコストをかけて日本からわざわざ取り寄せるなんて効率が悪い、と言う人もいるでしょう。でも、私は、料理人としての自分の思いを大切にしています。食材に対する興味関心を呼び起こすような、感動を与えられるような寿司を自国で提供することに邁進すること。それは美味しい食材を届けるために日々の努力を惜しまない、「ジャパン・プライド」を持った漁業や農業に関わる人たちへの、私からの敬意の表れでもあります。シンガポールの人たちに日本の食文化を伝えるということは、決して簡単なことではありませんし、時間もかかることでしょう。だからこそ、この思いが寿司を通してお客様と繋がった瞬間の喜びはひとしおなんです。

寿司文化の継承について

世界全体で、「本物の寿司職人」を目指す人が減っているように思います。

確かに仕事はきついし、それでも挑戦しようとする若い人たちが減るのは理解できます。でも、寿司の文化を継承していく人材がいなくなるなんて、こんな悲しいことはありません。文化継承と言う観点からも、私は今後、色々な国で寿司職人として働くことが出来たらと思っているし、既に子供達に寿司を伝えるボランティア活動もしています。とにかく、私は「寿司」が大好きなんです。寿司職人として働くことが、楽しくてしょうがないと、心から言えます。

寿司店を経営する際に重要なこと

経営に際して重要なのは自分の方針を見定めて、お店のコンセプトをしっかり持つことです。

オーナーが寿司のことをちゃんと理解している寿司職人であるに越したことはないでしょう。何よりもまずは利益を重視する、という考えもあるかと思いますが、私個人は利益というのは、コツコツと職人としての腕を磨くことで、自然に後からついてくるものだと考えています。

将来の夢

寿司、割烹の世界を中心に探求していきたいですね。

自分の寿司店を大切にして、長い目で見て、より良い店になるように努めていきたいです。シンガポールでは、ビジネスとしての成功、利益を優先した結果、レストランが目まぐるしく変わっていくのが常ですが、日本では老舗の店がたくさんありますよね。時代を経ても変わらない何かと進化が両立するようなお店が理想です。学びを積み重ねることで、日本の四季、色彩を感じていただけるような、発想豊かな料理をお出しできるように、日々進化していたいのです。

かなり先の話になるかもしれませんが、日本の田舎でゆったりと暮らすことが将来の夢です。 50年後も、是非日本の食文化に関わっていたいですね。50年続ければ、造詣が相当深まっているでしょうし(笑)、それを後世に伝えられるような人になれていたらいいなぁと思います。私は中国語、英語を話しますが、今勉強中の日本語も上達したら、色々な国の人たちと、日本の漁業や農業に関わっている人たちとを繋ぎ、橋渡しをすることも出来るかもしれません。

寿司との出会いは、私の人生を豊かなものにしてくれていると感じます。

日本人より日本食を愛し寿司とともに人生を歩んでいるAeronさん。

彼女の行動力と情熱には目をみはるものがあります。

若干23歳ということですからさらに驚きです。これからますます

スキルを磨き、夢の実現へと羽ばたいていかれることでしょう。