海外就職までの道のり

 

海外就職を思い立ってから実際に就職先を見つけ、現地で働き始めるまでは、実際には様々なステップがあります。

そんな「海外就職の一連の流れ」を分かりやすくご紹介します!!

ステップ1:プランニング
 ↓
ステップ2:情報収集
 ↓
ステップ3:応募・面接・採用通知
 ↓
ステップ4:ビザ申請・渡航準備
 ↓
ステップ5:勤務開始

ステップ1:プランニング

自分のキャリアを見つめ直しましょう。

漠然と海外就職と考えている方も、具体的に決めている人も、まずは今現在の自分のスキル・経験を知りましょう。

そして、未来の自分をイメージしてみましょう。
『ミラノの友人の家で寿司を握っている自分』
『オーストラリアで休日サーフィンをしている自分』
 イメージすることで、「進むべき方向」「進みたい方向」が見えてくるはずです。

未来のイメージと、今現在の自分のスキルや経験を比べて、さまざまな「ギャップ」も見えてきます。
その「ギャップ」をどうやって埋めるかを具体的に考えてみましょう。

具体的に考えることで、次のステップを進める時に重要となってきます。

 

ステップ2:情報収集

ステップ1で今現在の自分の立ち位置と、将来の自分のイメージが湧いてきたと思います。
そこで、沢山の情報を収集をして、未来のイメージした自分に近づけるように具体化していきましょう。

そして実はこの情報収集が就職にはとっても大事なんです!!
精度と鮮度の高い情報を持ってるかで、就職の可否にも影響がでてくるのです!

情報収集の方法は、ネットでの検索、口コミ、情報誌などから得ることができます。
特に海外就職となると、経験した人の話はとても有効です。
すでに、海外就職された方や、今現在就職活動されている方の話を聞くのはとても役に立ちます。

当校でも海外就職セミナーなど各種セミナーの開催を行っています。

海外就職セミナー http://www.sushiacademy.co.jp/new-kaigaiseminar

ステップ3:応募・面接・採用通知

めぼしい求人をみつけたら、事前に問い合わせしてみましょう。
求人情報と、実際に求められる仕事が違うということがあるので、必ず確認しましょう。

日本企業の面接と、海外企業の面接のやり方に共通点もあれば、相違点もありますので、事前に確認してから面接に挑みましょう。
日本での面接だからといって、かたくなに日本式で面接するのではなく、柔軟に対応できるようにしましょう。

無事に面接が終了し、電話やメールでの採用通知が送られてくると思います。
ただし気を付けなければならないのは、ビザの申請が許可されるまで、本採用ではないということがあります!
しっかりとその点を確認し、お互いに誤解がないようにしましょう。

ステップ4:ビザ申請・渡航準備

働き始めるまでに一番のハードルがこのビザの申請と取得です。
採用した会社がビザ申請の代行をしてくれることもありますが、自分で申請することもあります。
申請には様々な書類が必要になります。
実際に書類をそろえて提出しても、あの書類が足りない、この書類に不備があるなど、
申請し取得するのには時間も手間もかかります。
ビザ申請の専門会社に依頼するのも一つの手ですね。

ビザの申請を行うと同時に、渡航の準備も必要です。
身の回りの整理、住まいの準備、保険やクレジットカードの申込み、
航空券の手配、場合によっては健康診断や、予防接種、
年金や税金などのお役所での手続きが必要になります。
やることが沢山で頭が混乱してしまいますよね。

どの時に、何の準備が必要なのかを把握してから行動した方が慌てなくていいですよね。

ステップ5:勤務開始

いよいよ新天地での生活がスタートです!

新しい土地での生活は慣れるまでが大変ですが、
当校では卒業後も、facebookなどで情報を発信、継続してフォローします!

新しい土地に当校の先輩がいるようなら繋げたり、
寿司のお仕事に分からないことがあった時はすぐにメール等でご相談して頂けます。

ここまでのステップをみて、海外就職ってこんなに大変なんだ~と思うかもしれませんが、
ひとつひとつのステップが自分の夢の実現のためのステップだと思うと、ワクワクしてきませんか?

現在海外で就職されている先輩方もみんな、同じ道を通っているのです。
ひとりで悩んで前へ進めないでいる方は、是非相談してください。

そして、楽しんでステップを進んでいきましょう☆ 

同じ目標のもつ仲間と一緒に、一年間寿司技術を身につけてみませんか?
詳細はこちらです。
http://www.sushiacademy.co.jp/course/sushichef

【東京すしアカデミーの取り組み】 リサイクル活動

東京すしアカデミーでは、毎日、大量の魚を築地から仕入れて、

生徒さんが仕込み実習を行います。

この日は2ヶ月制・Diplomaコースのサーモンの授業。

調理した魚は、寿司にしてランチで食したり、持ち帰ったり、

和食の料理実習で試食したり、お味噌汁にしたり、

食材のほとんどがお腹におさまります。


 

なるべく食材は捨てないように、いろいろ工夫をして食材を大切に、 

という指導にあたっておりますが、魚の骨 内臓 頭 など

どうしても生ゴミとして出さなければならないところは出てきてしまう。

ゴミ問題は、開校当時よりいろいろスタッフで考えてきました。

生徒さんからもいろいろなアドバイスをこれまで頂いてきました。

実はこの数年前から、画期的な提案に出会い、

現在 東京すしアカデミーの寿司職人養成学校では、

魚の生ゴミはリサイクルをしています。

魚の生ゴミは、魚粉となり、飼料にリサイクルされています。

分別は大変ですが、環境のことを考えてつつ、

『少しずつ前進していきたい』と思っています。


日本食を学ぶなら日本語で?

こんにちは!シンガポール通信第11号です。

日本はもう冬めいた寒さのようですが、赤道直下の国シンガポールは常夏です。

 
いちおう雨季ということですが、梅雨のような感じでもなく、

1日に1回雨が降る程度で、それ以外は、変わらず夏。

四季がないというのも、日本人からすると何か変な感じです。
 

日本にいた時は無意識に過ごしていたものですが、

四季折々の変化があるということは素晴らしいですね!


だからこそ、日本に旅行したシンガポール人は、
折々の変化に対して感動して、

何度もリピートするのかもしれません。

 
日本にいると当たり前になっていることが多いですが、

外からの視点でみると、
たくさんのチャンスや考えるべきポイントがそこにあると思います
 

最近、感じていることに「言葉」があります。
 
現在、私は食という分野で日本のファンを増やすべく仕事をしていますが

まず親しんでもらう第一歩のために、こちらでの授業は英語、
テキストも英語、という運営をしています。
 
しかし、最近思うのが、日本語をもっと使って授業をするシーンがあって良いのではないかということです。

背景や意味を、ひいては文化を理解するためには、
やはりもとの言語が必要なのではないか、と。

 
トヨタの工場内では、組織として大事な概念は日本語で世界展開しています。

「カイゼン」「アンドン」「カンバン」などなど。

英語に直そうと思えばいくらでも直せる単語ですが、
そのまま原語で使っているのは、

そこに伝えるべきトヨタの「文化」があるからでしょう。

 
逆のケース、日本がフランスやイタリアの料理を勉強するときは原語で学んでいる部分が多いです。

これは彼らの国が文化教育において自国言語をきわめて大事にして
いるからでしょう。

ちなみにフランスは映画やテレビでも、字幕ではなく、
基本吹き替えにしています。

また文化庁が、
外来語に対して適切な自国語を使うように指導しています。

それほどに言語を重要視しています。

 
とはいっても、外国語で伝える力は大事なので、英語やその国の言語でひとしきり

発信できるようになったうえでの話だと思います。

そうでないと、単なる「押し付け」になりかねませんので。。。
 

こういったことも、
実際にシンガポールで活動をするようになって感じたことで、

視点を外に移してみることは、良い気付きにつながると思います。
 
今後、海外で挑戦してみたいとお考えの方は、ぜひトライすべきと思います。

大変な部分もあるでしょうが、
それ以上の何かが得られるはずです。
 
それでは、また。

7割が「知らなかった」、「私の『和食』宣言!」で国民浸透へ

反面、登録したら「誇りに思う」90.8%

ユネスコの無形文化遺産に登録を勧告したと文化庁が発表し、

正式登録まで1ヶ月程となりました。

政府の盛り上がりの反面、小学校以下の子供を持つ女性87名のうち、

7割がこの事実を「知らなかった」と回答しているそうです。

まだまだ認知度は十分とはいえないようですね。

しかし、日本食文化が登録されたら「誇りに思う」人の割合は90.8%と、

関心が低いわけではなみたいです。

自分の子供に好きになってほしいジャンルとして「和食」をあげた人は86.2%、

子供に作れるようになってほしいジャンルも85.1%で、いずれも最多となっています。
 

 

「私の『和食』宣言!」

農林水産省は11/8から、国民が一丸となって日本食登録を応援しようと、

「私の『和食』宣言!」の募集を開始しました!

これは日本人の伝統的な食文化である和食を次世代に保護、継承していくため、

今後行っていきたいことの抱負を宣言してもらうものです。

応募された宣言は内容を確認の上、「日本食文化を、ユネスコ無形文化遺産に。」

Facebookページなどで紹介していくそうです。

「いただきますをちゃんと言います!」「食育授業で食文化を教えます!」、

「旬の野菜を選ぶようにします!」など、気軽に応募できます。

詳細と応募はこちらです。(農林水産省サイト内)

http://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo02/131108.html

寿司インストラクター協会 会長 後藤先生も、

「季節感があって年中行事に関わりが深いお寿司は、趣旨にぴったり。

当校の皆さんにも宣言してほしい」とのことでした。

国民の強い想いが重要!

 登録には、おいしい、きれい、健康的などチェックされる項目が沢山ありますが、

国民の、自分たちの伝統料理への強い想いが 、何よりも大事です!

私たちの和食文化です。皆で応援しましょう! 

季節感があり、年中行事に関わりが深いお寿司の握りが体験できるコースもございます。

日本食文化に触れてみませんか^^

http://www.sushiacademy.co.jp/course/1day

【のりの歴史】高価な海苔は、貴族の食べ物

『日本人の知らない巻き寿司の歴史』 2回めの今回は前回に引き続き、

海苔の歴史についてです。(第1回めの前回はこちらより

●高価な海苔は、貴族の食べ物

飛鳥、奈良時代に入り大陸との交流が盛んになり、仏教が渡来し広まるにつれ

殺生が戒められ、それまで以上に海藻が食べられるようになります。

江戸時代初期までは、生海苔を乾燥したもので、海苔は保存食として食されます。

おなじみの板海苔は江戸時代初期まで、登場しません。

平安時代 鎌倉時代の海苔は、岩のりが高価な商品として贈答用に使用されるようになります。

貴族の食事は米を主食として、副食に海藻類を多く食していたようです。

「延喜式」という平安時代中期(927年)の法典に、

租税の対象として十数種類の海藻が定められている事からもうかがえます。

十数種類の海藻の中に は、コンブ、ワカメ、ホンダワラ二、そしてアマノリも含まれています。

この「延喜式」の中には海藻料理も記録されていて、

ムラサキノリが佃煮や味噌汁に使われていたとあります。

また、「五位」以上の官位に支給される食べものとして「紫菜」(ムラサキノリ)が記されています。

律令制では五位以上の者は、高官として特別な待遇を受けていたというので、

ここでも海苔は貴重品の象徴であったようです。

鎌倉時代から室町時代になると、食材が次第に豊富になり、

山海の珍味が食膳にあがるようになります。

すると、海藻料理はやや嗜好化します。

「のり」につ いて言えば、椀盛りに入れたり、汁物に焼きのりを浮かせるというような食べ方で、

現代に近い食べ方だったようです。

当時、のりは菓子としても用いられていたそうです。

塩味を利かせて短冊に切り、乾燥させた「塩のり」

「のり豆」と呼ばれたものもありましたが、これは豆にアオノリをまぶしたもの。

一般家庭にも少しずつ海藻が普及していきました

●保存食から贈答品へ

日本全国に内乱が広がり戦国時代へ入ると、多くの食糧が戦争用に備蓄化されました。

1467年に始まった応仁の乱(戦国時代)では、戦争時の備蓄食料として、

焼き米・味噌・干し魚などに混じって、コンブ・アラメ・ヒジキ・アマノリなどの乾物も利用されていました。

その後、大飢饉などが相次ぎ、備蓄食料は更に進化していきます。

江戸時代には産業が発展し、各地域の財政を向上させるために

地域ごとに特徴的な地域産業がつくり出されます

陸奥の松前昆布、出雲や隠岐のワカメなどの名産品が生まれました。

江戸は、浅草が江戸の町の人々で賑わう場所になり、

江戸近郊の農産物、水産物が売られるようになりました。

年の瀬になると葛西浦の漁師が販売した海苔が売られていたといいます。

その「柔らかさ」と「色香」は、たちまち人目をひくようになったのです。

現在の観光名所である雷門がある浅草寺(写真)が精進食品の一品として

苔をよく買い上げただけでなく、海苔を各方面への贈答品として使うようになります。


                 

さらに、1625年(寛永2年)東京の上野に寛永寺が建立され、

寛永寺の門前に市が立つようになります。

寛永寺の僧侶天海という人物が、精進食品・贈答品として、西日本の寺院の「昆布」に対し、

江戸の寺院は「海苔」を取り上げ用いました

「浅草海苔」の名は次第に江戸中に広まり、全国的に知られるようになったのだそうです。

< /wbr>